Fall In Love With You

いけしゃあしゃあで暮らしたい

0814 わたしとわたしの神様の話

 
 

書く書く詐欺をしていた、わたしの神様の話をしようと思う。 わたしは凛として時雨というバンドが好きだ。ギター、ベース、ドラム、ボーカル、詞、世界観、ライティング、CDジャケット、グッズ、企画、その全てで他に類を見ない格好良さと美しさを誇るそのバンドが大好きだ。かれこれ好きになって5年ほど経っただろうか。 わたしが何故凛として時雨(以下長いので時雨)を聴くようになったかというと好きなバンドの仲の良いバンドだから・名前をよく聞くから というごくごくありふれた理由だが、何故好きになったかというと、衝撃から逃れられなかったからだ。

 初めて聴いた時雨の曲は「ハカイヨノユメ」というアルバム「just A moment」の一曲目に収録されてる曲だ。昔仲の良かったブログの管理人さんが「時雨はハカイヨノユメが好き」と書いていたのを覚えており、その曲名くらいしか知らなかったわたしはyoutubeでその名前を検索してみた。MVではない、非公式のものだったと思う。再生ボタンを押し流れてきた音の衝撃を未だに忘れられない。ずっと囚われている。 イントロのドラムの、突き抜ける美しい、音。 
にわかロキノン厨()として色んなバンドの曲を雑多に色々聞いていたわたしはびっくりした。ドラムがこんな綺麗に響くのか、拍をとるだけじゃなくて曲の中一部の音として構成されてるのか、こんなにも格好良くたくさんの音を操るのか。加えてギターとベースの音、どこから出ているのかわからないくらい高いかと思うとふと背筋を走る低いボーカル。何をどう捉えればこんな世界を描けるのかという詞、格好良いの衝撃波が止まらなかった。でも、一番衝撃的だったのは、やっぱりイントロのドラムだった。 以降わたしは時雨のアルバムを買い漁り、過去の音源を聞いてはいちいち打ちひしがれていた。どの曲も格好良くて美しいのはもちろんだけど、ドラムの音がアルバム(つまりは年代)によって少しずつ違くて、その全てが格好良くて、わたしはいつしかピエール中野氏(以下ピ様)のことが大好きになった。 凛として時雨の楽曲はもちろん、他のアーティストのレコーディングに参加している音源もピ様のドラムは最高だしすごい。主張をしてるわけではないけれど、ピ様の音だとわかる。何でわかるのかと言われるとうーん難しいのだけれど、なんとなく、耳の感覚的にひっかかる。なんならピ様がレコーディングに参加したと知らない楽曲で「ドラム格好良い!」と思ったらピ様だった、なんてこともあった。
 
はじめてライブに行った時は揉みくちゃにされて、前列の男の人の間から必死こいてピ様の手元足元を見た。動いていた。当たり前のことだけど、めちゃくちゃに動いていて格好良かった。MCで1人で牛タンゲームしだした時はやべぇなと思った。けど、1人で喋るピ様は面白かったしこの人は人を楽しませることが好きな人で、上手な人だなと思った。B'zとももクロのコールアンドレスポンスをしたはず。楽しかったなぁ。 その一ヶ月後に、2度目、武道館で時雨を見たのだけれど、あの大きな空間を3人で揺らしてる姿が格好良すぎた。音がいつもより更に強く、大きくて、でも3人は消えてしまいそうだったことを覚えている。武道館のMCでAV男優の話をするピ様はほんとやべぇなと思った。
 
時系列で話をしないとこんがらがるのでここで余談を挟む。凛として時雨ではないバンドの武道館公演の終演後、観に来ていたピ様と遭遇したことがある。ステージ以外の姿を全然知らないのでただただびっくりして遠目から拝んだところ一緒に来てた母に「いや拝んでないで握手とかしてもらいなよ」と冷静にツッコまれ握手をしてもらった。ソロドラムツアー必ず行きます、と伝えた。しぬかと思った。(こんなこと書くもんじゃないがめちゃくちゃいい匂いだった。)ただの田舎の芋くさい女子高生だったわたしにもピ様は丁寧に応対してくださり、多分この時ピ様はわたしの中でかちりと神様に位置付けられた。
そんな余談の出来事の後に、ピ様のドラムのソロツアー公演へ行った。ライブハウスのフロアのど真ん中にドラムセットが組まれ、普段ではありえないピ様を囲む形で演奏を観た。Mステのオープニングに合わせてフロアに降りてくるピ様は神々しさとフレンドリーさが混在してた。こんなポップな神様いるんだな、と思った。ドラムは圧倒的だった。動きがしなやかで、音が綺麗で澄んでいて、素人目にも細かさが分かる拍と響きを、独りで繰り出すその背中がとても大きく見えた。足と腕は細かった。そこになんとなくピ様ご本人の繊細さを感じた。ほんとになんとなくなので体質だと言われてしまえば黙る他ない。眼差しが真剣で、どこか寂しさと静かに燃える炎のようなものを感じた。おしゃべりに近いMCはやはり面白くて、ただただ楽しくあっという間に時間が過ぎた。終演後、iPhoneにサインをいただき、再び握手をしてもらった時の手の感触が人間のそれなことに少し驚いた覚えがある。今考えるとわたしはいささかピ様を神様のように思いすぎな気もするけど、ピ様のドラムもMCも人柄も唯一無二でしっくりくる言葉が神様なのだから仕方がない。
 
余談にあげたバンドと凛として時雨が対バンすることになった時は大阪まで遠征した。はじめての大阪なのに公演を観る以外はろくに粉もんも食べなかった。会場の音響が素晴らしいのもあり、いつも以上によく響くドラムに内臓を揺さぶると同時に撃ち抜かれるような感覚だった。夢のような時間だった。その後にベストアルバムのツアーに行き、上手側から見た(いつもは下手が多い)ピ様はギターボーカルのTKさんと見えない線(レーザーとかそんな感じの)で繋がっているように見えた。わたしの思い込み、ヲタクの大げさなフィルター越しのビジョンなのだけれど。
 
 
そして先日、久しぶりに凛として時雨を見た。ぶっちゃけるとわたしはもう凛として時雨を観に行くのをやめようと思っていた。ピ様のことが嫌いになった訳ではないけれど、一番近い言葉にすると信じられなくなってしまったのだ。わたしはとても弱い人間で、いつだかにピ様に関する噂を耳にしてからずっと良からぬ気持ちばかり抱いた。あんなに好きだったのに、神様のような存在だったのに。その噂はそれくらいダメージが大きかった。ピ様が悪い訳じゃないと自分に言い聞かせても、心のもやもやは晴れないし「どうして?」が喉元までせり上がってくる。わたしが好きなのはピ様のドラムで、MCで、人柄で、でもその中の人柄を疑うようなそんな気持ちを持ってピ様を応援するのは失礼、神様を冒涜するのと同義だからきちんと見納めよう、と思っていた。格好良くて素敵なことを再確認して、わたしのその気持ちが消えるまでは、噂がピ様の口からはっきりと告げられる真実になるまでは、追いかけることをやめようと思っていた。けれど、音を聴いてしまってはもう、どうすることもできなかった。撃たれた。あぁ間違ってなかった、と思った。わたしはこの人の奏でる音が好きで、この人から発され、作られる空気感とかそういうものが好きなんだ、と再認識させられた。したというよりさせられた。当たり前に格好良かった。MCも面白かった、牛タンゲームはやらなかったもののコールアンドレスポンスは全力でXジャンプをし、楽しさしかなかった。しかも、ずっと聴きたかったシングルのカップリング曲をやられてしまって本当に心臓を掴まれた感覚を味わった。ずっと音源を聴いてブチ上がったり歌ってみたり拍をとったり、生で聴くまで死ねないと思っていた大好きな曲を、これまた美しくだけれど、ぐっと圧倒的に、世界にわたししかいないんじゃないかってぐらい突き放すような感覚だった。まったく、ライブの醍醐味を越えた凄まじい演奏をする。美しかった。音も拍も響きも、姿や空気、目に映り耳に入る全てが美しかった。確かに見たし聴いたけれど、あれを幻と呼ぶのだろうなと思った。
別にピ様は、わたしなんかが応援したり追っかけたりなんかしなくても格好良いし素敵だし素晴らしいドラマーでミュージシャンなのだ。そんなことは知っている。けれどわたしは嫌いにはなれない、好きには抗えない、離れようとして思ったがどうしようもなくとらわれている。ピ様の音が聴きたくて、ピ様の演奏する姿が見たい。凛として時雨のドラム・ピエール中野という存在が好きなのだ。先月のライブで、少しだけ心が強くなった。噂は未だに消えないしわたしのもやもやが晴れたかというとそういう訳でもないけど、間違ってはないし好きでいてもいいし信じてもいいのだ。もちろん追っかけて音を聞くことだっていい。 
 
運命なんてない。奇跡なんてない。絶対なんて、ない。けれど信じるのは勝手なのだ。
 
ピ様のステマをするつもりがただのメンヘラの思い込み記録文になってしまった。まぁ早い話がアルバム聞いてくれもれなく全て素晴らしく最高だぞ、なので読んでくださった方は是非。わたしは「ハカイヨノユメ」がきっかけで「nakano kill you」で決定的にどんどんどん惚れていった。先述のシングルのカップリングは「Dynamite Nonsense」と言う。そして最新音源に収録されている「Mirror Frustration」はまたわたしの世界の天変地異を起こした。日々常に新しく美しく鋭くなり続けるバンド、凛として時雨はほんとうに格好良い。是非、是非もっとたくさんの人に聞いてほしい。
今夜、そんなわたしの神様がわたしの大好きな丸山さんと共演した番組が放送される。出会いますように、共演しますように、と願っていたことが叶う。共演を知った日からのんべんだらりリサイタルからサマパラ・サマステのレポ、少クラにわいわいしたものの正直生きた心地がしなかった。「丸山さんと喋るのかな?無理しぬ」を100回以上は思った。多分、オンエアを見てもしばらく生きた心地はしないだろう。けれど、なんというか、こんな日が来るのなら生きていてよかったと思う。