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0915 嘔吐物のような話



傘が壊れた。スーパーで買った安いビニール傘だ。痛くて重い頭を濡らさぬように歩いていた朝のことだった。壊れたといっても穴が空いたわけではなかったので濡れずに済んだのだが、自分の不幸っぷりに心が濡れた。

いつまでこういう立ち位置なんだろう。どこまで負の方へ進むんだろう。
昨今のわたしは頑張っている、頑張っていないわけではない、ような。自分で頑張ってるなんて言うのはおこがましい気がして嫌だけれど、自分で言わなくては誰もわたしが毎日戦ってることを知ってはくれないだろう。もちろん、誰かがそれを知ったところでどうにもこうにもなんにもならないことは知ってる。

毎日、自分を美しく見せるためでもない慣れない化粧をしてる。昔から挨拶も、「ありがとうございます」「すみません」も、言えない人間ではない。場の空気だってわかるし読んでいるつもりだ。自分の言いたいことではなくて、相手の言われたいことを掠めるような言葉が口から出る。イライラやムカムカや不快感を飲み込んで相手には何も言わずに笑顔で平和に接する。
世間ではおそらく、それが当たり前というか最底辺ラインで、わたしは21歳を目前にやっとそのラインへ到達した。大学に通っているので社会に出る前に到達できてよかった、とポジティブに捉えようとしても周りの同世代の子を見る度に最底辺に到達しただけの自分が嫌になる。

なんでこんな化粧が似合わないんだろう。なんで挨拶が返ってこないんだろう。
なんでわたしばかり心をすり減らしているのだろう。

わたしは頑張ってなんかなくて、わたしばかりが心をすり減らしてるわけでもなくて、世の中にはもっとたくさん、でも、の繰り返し。いい加減にしろと何十回何百回自分に言い聞かせたか。その度に心を入れ替えたり気合いを入れた つもり で努力や目標を宣言して、ロクに続いた試しがない。学習能力が、ない。
同世代の周りの人が嫉ましく見えるのは努力が足りないから。他人の粗を見つけるのが得意なのはそうでもしないと心が潰されるから、勝てないから。自業自得で、子どもより酷い。

ありきたりな、メンヘラだと思う。手首は切らないし薬も頭痛薬を適量しか飲まないけれど。恋人もいなければ身体が云々の相手もいないけれど。気持ちが落ち込んだ時にほうれんそう()できる相手もいない。日々生きてるだけでいろんな人に迷惑をかけているのに、わたしの一時の感情で迷惑をかけるくらいなら一人で湯船で泣いている方がマシである。頑張ろうと声をかけてくれる友人もいる。メンヘラにしては上出来だ。寝れば少しは心が落ち着くし起きれば無理やりにでも活動する。そうやって毎日なんだかんだハッピーを感じる瞬間もあるしのうのう生きてる。
多分どっかの誰かがこの文章を見たとして、「わかる」もしくは「そんなことないよ」だの「そんなことないよって言われたいだけだろ」とか「じゃあ努力しろよwww」やら「ブスの僻みメンヘラ乙」なんて画面越しに言うんだろうな、どっち側の言葉もいらない。わたしじゃないんだからわかるわけない。じゃあ書くなって話だけど自分のブログでくらいは好きなことを書いてもいいだろう。吐き出さないで世の中そして自分と戦い続けられるほど強くもない。好きなことというのはまぁ言葉の綾だけれど、、、自分の薄っぺらい言葉や女々しくて情けない情緒も嫌いだ。

こんなことを書いてもわたしはきっと変わらない。明日も化粧をするけど上手くはなっていないし似合わないまま。使うものを変えたからって、可愛くなんぞなれないのだから秋冬コスメ特集ページのブックマークなど外せばいいのに。もがくのなんてやめてしまえばいいのに。
わたしがこうやって吐き出しながらも愚かに前に進む方向へしがみつくのは、わたしが好きなたくさんの人やものに恥じないためだ。新しい頑丈な傘と、化粧品を買わねば。
一生懸命や吐き出すことがださくてもいいから、負けたくない。