Fall In Love With You

問いかけたって ヒラリとかわされる

1230 金曜日と気持ち悪さ溢れる話

 

 

丸山さんが12月25日発売のフライデーに掲載、というのを知ったのは24日の夜だった。

「わぁ!新しい角度からのクリスマスプレゼント!」とびっくりしつつ丸山さんを好きになって、はじめて写真週刊誌掲載という事態に直面してわたしはなんとも言えない不穏な気持ちになった。

掲載内容は明らかになっていなかったが、フライデーと聞くと熱愛のイメージ。熱愛…だとしたらちょっと(と言いつつ結構)寂しいかなぁ、丸山さんと現実的なお付き合いが無理なことなんてわかりきっててありえないって断言できるし、丸山さんが誰と付き合おうがそれは丸山さんの自由だし、丸山さんは丸山さんご自身の幸せを何より考えて当然。でも丸山さんは結婚しないと仰ってたよなぁ。というかそもそも熱愛なのか、犬や猫を飼い始めたとか?と頭の中を文字が走った。ショックだった。ショック、という言葉の意味は広いので誤解を生みそうだが、衝撃的、インパクト、そういった意味合いの方である。裏切られたとかいうよりもなんだか意外な気もした。隠すの上手そうなのにな〜なんて。

 

そのことを知ってからわたしはお風呂に入りながら色々と考えた。

丸山さんは今、幸せなのか。丸山さんは結婚しないと仰ってたけど、それってすごく酷だよなぁとか。ファンにとっても酷だし、丸山さんご自身も辛くないのかなとか。だって、ファンの中にはきっと、きっと丸山さんとお付き合いしたかったり結婚したい人がいるだろう。ファンというよりか人間、男女の女として丸山さんを愛してる人だってきっといる(この辺は全てわたしの想像です)。ファン命の文字をお腹に書くような人だ、ファンの不安(韻を踏んでしまった)を消すように発せられたその言葉で傷ついたファンだっていたんじゃないか、と思う。もちろん丸山さんが悪いわけではない。そういった類のファンの人が悪いわけでもない。アイドルとしてちょっと過激に正当に夢を売った丸山さんと、そのアイドルにあまりにも魅せられてしまったファンというだけである。

 

わたしが丸山さんを好きになった頃には確かもうその発言がされていて、その言葉を知ったわたしは「この人、老後どうするのかな」と思った。

死ぬまでアイドルという文字や響きは甘美だが現実はそんな甘くない。家族が居ないと寂しいんじゃないの?ファンがホームキープやヘルパーの資格をとって尽くせばいいの?現在32歳の丸山さんは1人(と仮定)でふとした瞬間の寂しさとか悲しみとか虚無感とか、押し潰されないの?そんな時に丸山さんを支える存在が必要なんじゃないの?楽しいや嬉しいを共有できる存在は欲しくないの?公言しないだけでそういう存在がいて当然だけど結婚という制度はネックなんじゃないの?…今回のフライデー掲載の文字を見た時の感覚に近い。頭の中を文字が走った。

公言しないだけでそういう存在がいるとしてもその女性は、丸山さんのファンへの誠意によって丸山さんと(表向きは)結婚できないわけだし、それもまた酷だ。丸山さんだって、その女性が好きで付き合ってる訳で結婚したいとか思うんじゃないのかなぁと思うし、けど結婚しないと宣言したのは自分だし。公表しないで結婚もできることはできるだろうけど、丸山さんがそんな不誠実だとは思わないし思えない。わたし自身がネガティブな人間だからついついそういう方面で物事を考えてしまいがちなのだが、好きな人に幸せでいてほしいしその好きな人は努力を表に出さない人だ、心配になる。丸山さんは自分を犠牲にしてるの?それとも本当にそういう気持ちで言ってくれてる?いくら考えたってキリがない。だって丸山さんの口からは真意なんて聞けないから。丸山さんが発したのはサタデープラスでの「結婚の予定ないですぼくは。当たり前 そりゃもうぜんぜんない、しません。」(ニュアンスです)って言葉だけ。

逆上せそうになったわたしは考えることをやめ、お風呂を出た。

 

次の日の朝が早かったので布団に入り、「わたしには関係ないこと」と思ったが、ずっと丸山さんのお顔が浮かぶし文字がぐるぐる回る。コンサートロスのそれとはまた違った感覚だった。

 

 

25日の朝、結局その掲載内容は丸山さんが1人でお酒を買っている、という内容だったのでここまで書いてきたことがわたしの取り越し苦労のようだ。丸山さんだいぶ可愛らしいんですけど、カゴ使ってください。丸山さんの私生活に支障をきたす奴許すまじ、……………で終わればいいのに。終われればいいのに。

1人でお酒を買うその姿に尚のこと思い悩むわたしがいる。阿呆か。

コンサートMCでも触れられてるようだけれど、丸山さんが1人でそんなにお酒を飲む理由は?多忙で疲れてるから?眠りにつくため?お酒を飲めば自分の気持ちを誤魔化せるから?ネガティブなものを打ち消せるから?酔うと忘れられるから?記憶がなくなるから?美味しいからって理由だけであんな大量に買う?分かりやすく、「まるちゃん」は明るくて笑顔でギャグをするキラキラのアイドルだけれど、それはあくまでお仕事で…わたしの好きな「丸山さん」だってそりゃ世界一格好良いアイドルでそれもお仕事で……1人でお酒を飲む誰のものでも何にも属していないような丸山さんは、?その時はアイドルじゃないよね?その時ですらアイドルなの?その時に考えてることは?分からない。分かるわけがない。丸山さんは絶対にその時のことなんか発してはくれない。発してくれないというか本来発する必要もないし、わたしが随分プライベートのデリケートな部分まで気持ち悪く考えているだけだ。丸山さんに似てポリネシアンなのだ。いや冗談です、丸山さんのこと全然ポリネシアンだと思いません。わたしの方が重くてねちっこくて気持ち悪いです。気持ち悪いファンで本当に申し訳ない限りだ。ごめんなさい。

誰かが「どこまで完璧で居るつもりなの?」って聞いたら「何のこと?」って首を傾げ そ う な 丸山さんは、あくまで絶対的アイドル丸山隆平でしか居てくれない。(ああ全く、知りたいという感情はひどく気持ちの悪くて、気味の悪いものだ。)散々書き殴ってきたわたしの知りたいその丸山さんのいろいろは、それは丸山さんだけのもので、どんなに丸山さんを思って考えたって知りえない。おかしな話だけども悔しい。まだまだわたしは丸山さんを愛し足りないのか。まだまだ丸山さんを知るには好きでいる期間が短いのか。違う、愛そうが長く好きでいようが知ることはできないのだ。きっと。それがアイドルとファンなのだ。分かっていたはずなのにわたしは随分熱を上げて魘されて忘れていた。

今回のツアーグッズのパンフレットでもその片鱗は見えた。(ネタバレになります、すみません。)

「丸山さんに元気をもらってばっかで、何か返したい」という旨の、まるでわたしが質問したんじゃないかという質問に対して「一分でも一秒でも長く考えてくれたら、届く」なんて言う。そこにあるのは愛しさだけれど、寂しさしか感じない。そこで「毎日CD聴いてくれたらそこに僕がいます」とか「コンサートに来てくれるのがありがたい」とか具体的にわかりやすいことを言えばただただ素敵だなぁと笑って丸山さんの声を聞いて頑張ろうとかコンサートに行くため頑張ろうとか割りきれるのに。それは丸山さんの優しさなの?ほらそれすらわたしには分からない。判断すらできない。

丸山さんの気持ちを知りたいなんて、丸山さんの心を知りたいなんて、丸山さんの感情を知りたいなんて、丸山さんとの結婚を望むより非現実的でバカみたいだ。当たり前だけど丸山さんはわたしに対してどこまでも偶像だ。全然生身の人間じゃない。友達や家族のように直接思ってることを伝えられないし、間接だとしても伝わらない。だから、思ってても届かないから、わたしはこんな馬鹿みたいに長ったらしい自己満足のブログを書いてるんです!クリスマスにバイトに勤しむわたしの脳は丸山さんでいっぱいだったのに!届いて伝わってるの!?分からないよ!ああ!もう!!!

 

わたしは丸山隆平さんが好きです。わたしは丸山さんが好きです。丸山さんに幸せでいてほしいです。丸山さんが心配です。丸山さんを知ることを諦めたくないです。丸山さんを知りたいと丸山さんに会いたいで心と頭が10割を超えることがあります。対面してる人間関係でも難しい、他人である丸山さんの、いわゆる闇をわたしが背負いたいとすら思います。思うだけで届くことはなくて、綴ったところで届くこともないでしょう。こんな不毛な思いを、熱のあがった思考を、正気な誰かはきっともっと他のことにエネルギーを注げと言うでしょう。もしそう言われたとしても、わたしは大好きな丸山さんを思うことや考えることが苦しくて悩ましいにも関わらず楽しくて幸せでたまらないのです。丸山さんを好きでいる限りはやめません。思ってたら届く、と言ったのは丸山さんです。届いてますか?わたしは丸山さんが好きです。どういう好きなのか、これが正解なのかなんて知ったこっちゃありません。ただただ1人でお酒を飲んでいる丸山さんが、辛いとか悲しいとか寂しいとか虚しいとか、そんな思いではなくて、ありふれて普通の、丸山さんの世界で丸山さんの普通の、幸せに居てくれることを願っています。今日もアイドルとして、丸山さんとして生きてくれていてありがとうございます。毎日毎日、今日もお疲れ様です。だいすきです。

(ボキャ貧なせいでいつも似たような言葉を綴っている。何度綴っても綴り足りないのだから、もっとどうにか言葉を増やして綴りたい。)

 

 

 

今年の半ばからずるずると、それはもう沼としか例えようのない、好意と熱とときめき。

ぶっちゃけてしまうと、冬のコンサートに行ったら、終わりにしようと思っていた。わたしが住み、生きる世界ではないと諦めてわりきろうと思っていた。これ以上好きを増やしてもいいことはなくて、またきっと悲しくなったり諦めなければならなくなると思っていた。熱はどんどん上がり続けていて、さめるのが嫌だからさめる前に目を背けて、こころの奥に封じ込めようと思っていた。

 

無理だ。

 

丸山さんの誕生日に向けて綴った記事ですら盲目だったのに、生で観て?聞いて?終わりにできるわけがない。今日も丸山さんが好きで、来年発売のリサイタルのDVD購入に向けてバイトに勤しんでいる。楽しみ。そして楽しい。丸山さんを好きになってから、なんだかとても楽しい。失ったりさめたり諦められたりの恐怖はきっといつまでも付きまとうだろうけど、この好きとか楽しいという気持ちはわたしだけのもので、その気持ちがエネルギーになっているのもわたしで、その気持ちを作っているのは丸山さんだ。そんなわたしの世界で生きている。生きていく。うわーわたしめちゃくちゃ丸山さんに掌で踊らされて日々を握られてる感じある。当分この調子であろう。丸山さんに似てポリネシアンなので。この粘着質で重いのは、丸山さんに似たのか、そもそもの気質が丸山さんを好きになって露わになったのか。そうだ、この自担に似た人を好きになるのか自担に似ていくのかについても考察して記事にしたいと思っていたのだった。来年かなぁ。

 

 

というわけで(恐らく)年内最終更新です。すごい、1年の振り返りでもなくただただひたすらに気持ち悪い記事になってしまった…。

お付き合いいただいた方、反応をくださった方、ありがとうございました。来年もよろしければお付き合いください。

 

 

 

おまけ追記

丸山さんの好きなところはたくさんあるけど、丸山さんを好きな理由は上手に説明ができない。むずかしい。でも一つ、一つだけ明確なのが「いつも笑ってて明るいのに、ふとした瞬間に目が虚ろになるから」だ。そういう人に弱い。そういう人の、その闇に入ることを許可されたいし、許可されるのは難しくてもせめてその人が幸せと感じる瞬間を増やしたいし、その闇を背負いたいのだ。カメラに映るその瞬間ですらそれを感じるのだ、だからわたしは丸山さんを好きになったんじゃないだろうか。いやでも、うーん、やっぱり分かんない。好きになるのは簡単だし好きと口にするのも簡単だけれど、好きを説明するのも好きと言うのも難しい。何が足りないのかな、愛かな言葉かな知識かな、それも分かんないんだからそりゃ無理だよな。ほんとわたしは話をおとしたりしめるのが下手だな。ちゃんちゃん。